『女子的生活』坂木司 感想
著者:坂木司
本の内容
都会に巣食う、理不尽なモヤモヤをぶっとばせ! 読めば胸がスッとする、痛快ガールズストーリー。
ガールズライフを楽しむため、東京に出てきたみきは、アパレルで働きながらお洒落生活を満喫中。マウンティング、セクハラ、モラハラ、毒親……おバカさんもたまにはいるけど、傷ついてなんかいられない。そっちがその気なら、応戦させてもらいます! 大人気『和菓子のアン』シリーズの著者が贈る、最強デトックス小説。
2018年にNHKでテレビドラマ化もされた作品なので、ご存知の方も多い作品なのではないでしょうか。
ドラマはとても面白かったので、原作本にも手を出してみた次第です。
ドラマを見たのは2年以上前なので、細かいところはあまり覚えていませんが、そちらも思い出しながら感想。
本作を読んでいるとやはりドラマの場景を思い出します。そしてドラマはこの原作を丁寧に映像化してたんだと感じました。
この作品の面白い要素の1つは登場人物たちにちゃんと個性があることなんですが、特に主人公のみき。
みきはトランスジェンダーの女性で、以前スヌスムムリクの恋人の感想でも書きましたが、
物語に登場するトランス女性って、どこか似たり寄ったりというか紋切り型、「トランスジェンダーとはこういう人です」って教科書に載ってそうな感じのキャラクターが多いんですよね(トランス男性はそもそも物語に登場することが少ない)。
でもみきはファッションへのこだわり、食事の好み、仕事への考え方、周囲の人との関係、自身ジェンダーやセクシャリティのとらえ方などが上手く描写されていて、教科書に載ってるお手本通りのトランスジェンダーではなく、1人の人間って感じがします。
これ結構すごいことだと思うんですよ。
みきには一般的に言うところの女っぽい部分もあれば男っぽい部分もある。その女っぽい部分も好きでやってたり自然にやってる面もあれば、自己演出的な面もある。
演出的な面は特に服のコーディネートにおいて顕著に描かれていて、その時々の季節や、場所が職場か合コンかなどでコーディネートを考える様は、「みき」というキャラクターにリアルさを与えてます。
まあ男っぽいとこも女っぽいとこもあって自己演出してるのは、トランスジェンダーだろうがシスジェンダーだろうが変わらないと言えば変わらないのですが、その捉え方や悩み方、周りの人の評価の仕方とか、違いも色々ありますからね。
他にもみきのルームメイトとなる高校時代の同級生、後藤の絶妙な無神経さと理解度も見事。久々に会ったみきに対してなかなか失礼なことを言ってくるんですが、
根は良い人っぽいし性格も裏表がなさそうで、何よりただ無知なだけでみきを傷つけようという意図は微塵も感じないので、嫌な感じはしないんですよね。男友達に久々に会ったら女性として生活してるという突然の驚きもありますし。
みき自身も“初回特典”として最初は後藤の失礼な言葉も許すんですよ、最初は。そこがまた良い。
登場人物の中にはトランスジェンダーであるみきに対して、友好的な人もいればそうでない人も出てきますが、後藤とは逆に表面上は丁寧で親切でも、内心に見下してるような人も出てきたり。
みき自身やみきを取り巻く人々、教科書を読んでトランスジェンダーについて勉強しました!ってレベルでは到底書けるものではないです。
もう1つ面白い要素は、みきや主に女性たちの間でおこなわれる、表面上の言葉ではなく水面下の“女子的”なやり取りや戦いでしょう。
特に合コンの場が顕著で、目の前の男たちにはまったく気付かれずに言葉に裏の意味を隠してバチバチやりあうシーンは、読んでいてニヤケ顔が止まりませんでした。カッコよくてメンドくさくてシビれます。
出版社の説明文に「痛快」とか「デトックス」といった単語が使われてますが、まさにそう。読んでて気分スッキリ。
まあ世の女性の全員がこのような“女子的”なやりとりをしてるわけではないと思いますが。
最初にドラマは丁寧に映像化したと書きましたが、1つ違うなと思ったのが家族の描き方です。
小説で家族は、みきの回想の中で少し語られる程度の過去の話ですが、ドラマでは結構な尺を取り、久々に再会して一悶着起こる現在の話になります。
正直ドラマを見てて、この家族のエピソードだけちょっと違うというか、ここだけどっかで見たことある話だと感じたんですよね。
トランスジェンダーを描く作品ってトランスのことを、良くも悪くも特別な存在のように描くことが多くて、反道徳的、色欲魔、シャーマン、過酷な運命に立ち向かう人、聖人etc……。あとは性別適合手術にやたら焦点を当てたりとか。
でも本作ではこの社会で暮らす、特別善人でも悪人でもなく、オシャレが好きで、ブラック企業で働いて、商店街のお肉屋さんでメンチコロッケを買うような普通の人なんですよ。
ごく普通に生きるトランスジェンダーの日常を描いた作品って日本にはまだまだ少なくて、ついに日本のドラマもここまで描けるようになったんだと、すごく嬉しかったんです。日本のドラマとしてはすごく新しいことをやってたんです。
だけどこの家族との確執っていうのは、これまでのトランスジェンダーを描いた作品でもよく描かれるテーマなので、新規性が乏しくちょっと退屈だったというか、私が「女子的生活」に求めてるのはこういう話じゃない!って。
悪い話じゃなかったけど、この程度なら他の作品でもよく描かれるしありきたりだよねっていう。
なので原作で家族のエピソードが割とあっさり終わったのはちょっと嬉しかったです。
逆に言うと家族関係以外はドラマを見たときと小説を読んだときで、印象や抱く感情はあまり変わらないです。変わらずどちらも面白いんです。
人に「トランスジェンダーの出てくる面白い作品をおしえて」って言われたら小説もドラマもどちらもオススメ出来ます。
ドラマも見返したいなあ。NHKさん再放送してくれないかなあ。
ちなみに私が好きな登場人物は、主人公のみきを除くと、悪い意味で天然なところがあって、相手の気持ちや都合を考えるのが苦手そうだけど、鋭いところもあるマナミです。
本作の1話にあたる部分も収録されてるアンソロジーです。