『長安牡丹花異聞』森福都 感想
長安牡丹花異聞
著者:森福都
内容紹介
唐の都・長安。利発な少年黄良は病母のため、夜に輝く牡丹を発明する。花競べが盛んな時代、名花奇花は大金で売れるのだ。混血の偉丈夫と西域の美貌の舞姫が黄良に加勢、三人は一攫千金を図るが、狡猾な宦官が花と舞姫をつけ狙う。表題作は松本清張賞を受賞。妖美と機知と冒険、雄大華麗な中国奇想小説、全6篇。
植物を題材にした小説を探していたところ見つけた作品、昔の中国を舞台にした全6編の短編集です。手に取るまでてっきり長編小説かと思ってました(笑)。
表題作の『長安牡丹花異聞』は世にも珍しい夜に輝く夜光牡丹が出てきます。今年は(も)緊急事態宣言でボタンの花を見に出かけたりもしていないので、小説の中くらいでは楽しみましょう。
その他収録作品のタイトルは『累卵』『チーティング』『殿』『虞良仁膏奇譚』『梨花雪』です。
以下感想。ネタバレは少しだけ。
いきなり冒頭部分を引用させてもらいますが、
彩雲たなびく晩春の空に、日暮れを告げる暮鼓の音が、高らかと響き渡っていた。
大唐の都長安は、花香る季節である。
筵の上で膝を抱えていた一人の少年が、ゆっくりと眸をあげ、北の方角を仰ぎ見た。坊壁城壁を隔てた遥か彼方に、瑠璃瓦の楼台が霞んでいる。暮鼓は宮城正面、承天門の楼台で打ち鳴らされているのである。
ともかく漢字や熟語がとても多い。「暮鼓」って何?「眸をあげ」って部分も「目」じゃダメなの?
正直最初の印象はかなりとっつきにくかったです。音読しろと言われたらご容赦お願いします。
でもストーリーやキャラクター造形などは王道的とでもいうのでしょうか、水戸黄門のような安心感というか、良い人そうな人は基本善人だし悪そうな奴は基本悪人だし、途中なんやかんやトラブルは起こるけど、最後には上手く解決してくれそうな雰囲気があって、とっつきにくさを良い感じに相殺してくれてます。
昔の中国を舞台にしてることもあって、地名や役職など私には読み解きにくい要素も多いのですが、その難しさがかえって数ページ読んだだけでも充足感を味わえて、まんざら悪いものでもなかったです。
なので私と違って中国文化や歴史に詳しい人なら、私とは異なる読み方になるというか、私よりも高い解像度で物語を楽しめると思います。
あと昔の中国とざっくり表現しましたが、『長安牡丹花異聞』は天宝5年(西暦746年、日本の元号だと天平18年)ですが、『チーティング』では嘉慶が使われていたの頃(西暦1700年代の末、日本の元号だと寛政が使われてた頃)と時代設定はかなり幅広いです。
しいて難点を挙げるなら、気になるほどではありませんが、どのキャラクターも素敵なんですが、やや類型的ともいえなくはないかも。特に女性キャラ。
6編もあるのに主人公が男性ばかりで、女性が主人公の作品も1つでもあれば、私はなお嬉しかった。
あと図書館で借りたので単行本で読みましたが、後に出版されてる文庫版には解説が追加されてるようなので、色々分からないところは分からないまま読んじゃった人間としてはちょっと読みたい。
一部の作品の簡単なあらすじや感想を述べると、
『長安牡丹花異聞』のあらすじは、園芸師のもとで下働きをしている15歳の少年黄良が、市の片隅で牡丹の花を売っていると、金護衛の衛士(警察官のようなもの)の青年崔融と出会う。
黄良が売っていたのは実は夜になると輝く何とも珍しい夜光牡丹。それを知った崔融は、夜光牡丹を品評会に出して一儲けしようと話を持ち掛ける。崔融は酒楼で働く女性、小蘭を身請けするために大金が必要なのだという。
人助けが出来て自身も大金が手に入るということで黄良は話に乗るんですが、この小蘭が綺麗でさらに頭も良いんですよね。黄良も惹かれていくわけです。
果たして2人は無事夜光牡丹を出展して大金を手に入れ、小蘭を身請け出来るのか?
そして三角関係の行方は?小蘭に言い寄ってくるいかにも悪そうな宦官も出てきます(笑)。
話の筋や、登場人物の性格に関係や役割がとても分かりやすく、ハラハラする要素もあって起承転結もしっかりしてる。表題作にして冒頭を飾るにはとっても良いです。
何より小蘭は頭が良くてホントに魅力的なキャラクターです。
『殿』はちょっと毛色の違う作品なんですが、どう違うかは読めば割とすぐ分かります。最後の奇策はとある海外の童話を思い出してちょっと笑いました。
『虞良仁膏奇譚』は万能薬「虞良仁膏」をめぐるお話ですが、オチが人によって評価が割れるかなと思いますが、主人公の最後のセリフが「あわわわわ」なのはやっぱり笑いました。難しい熟語とかいっぱいの短編集の中で、このひらがなだけのちょっとマヌケなセリフが、私にはとても印象に残りました。
どの話が一番面白かったかと聞かれると、どれも面白くて順位は付けがたい短編集ですね。