『猫』有馬頼義/猪熊弦一郎/井伏鱒二/大佛次郎/尾高京子/坂西志保/瀧井孝作/谷崎潤一郎/壺井榮/寺田寅彦/柳田國男/クラフト・エヴィング商會 感想
猫
著者:有馬頼義/猪熊弦一郎/井伏鱒二/大佛次郎/尾高京子/坂西志保/瀧井孝作/谷崎潤一郎/壺井榮/寺田寅彦/柳田國男/クラフト・エヴィング商會
本の内容
猫と暮らし、猫を愛した作家たちが、思い思いに綴った珠玉の短篇集。半世紀前に編まれたその本が、クラフト・エヴィング商會のもとで、新章《忘れもの、探しもの》を加えて装いも新たに生まれかわりました。ゆったり流れる時間のなかで、人と動物の悲喜こもごものふれあいが浮かび上がる、贅沢な一冊。
短篇小説のアンソロジーが読みたいなーと手に取りましたが、エッセイのアンソロジーでした(笑)。ネコをテーマにしたというか、ネコとの暮らしがテーマのエッセイ集です。
本作は1955年(昭和30年)に出版された同名の本を底本にして、新たにクラフト・エヴィング商會の創作・デザインを加えて再編集し出版されたものです。
なので本作に収録されているエッセイは、最後にクラフト・エヴィング商會が書いたもの以外は、1955年(昭和30年)以前に書かれたものになります。
単にネコについてだけ描いているわけではなく、当時の日本の人たちの暮らしや、ネコに対する考え方や付き合い方も描かれています。今と変わらぬものもあれば、変わっていったものも……。
収録作家及び作品は、
- 『おかるはらきり』有馬頼義
- 『みつちやん』猪熊弦一郎
- 『庭前』井伏鱒二
- 『「隅の隠居」の話』『猫騒動』大佛次郎
- 『仔猫の太平洋横断』尾高京子
- 『猫に仕えるの記』『猫族の紳士淑女』坂西志保
- 『小猫』瀧井孝作
- 『ねこ』『猫―マイペット』『客ぎらひ』谷崎潤一郎
- 『小かげ』『猫と母性愛』壺井榮
- 『猫』『小猫』寺田寅彦
- 『どら猫観察記』『猫の島』柳田國男
- 『忘れもの、探しもの』クラフト・エヴィング商會
の19作品12名です。
以下感想。
執筆時期が少し昔なので、歴史的仮名遣いや踊り字など、近年ではあまり使われない日本語表現も多いですが、そこまで読みづらい印象はなかったです。
やっぱりネコのいる日常生活を描いた作品が多いので、題材からして身構えることなく気楽に読みやすいからですかね。
作品によって執筆時期や発表時期が記してあるものとないものがありますが、古いものだと寺田寅彦氏の2作は大正時代だし、谷崎潤一郎の『ねこ』は1929年(昭和4年)『猫―マイペット』は1930年(昭和5年)に書かれたものです。
猪熊弦一郎氏の『みつちやん』は戦中に飼い猫2匹を連れて田舎に疎開した話で、田舎にきたネコたちが野性を取り戻してきて起きた、ちょっとしたトラブルが描かれます。
坂西志保氏の『猫に仕える記』は戦後のまだ憲法のない時代、ポツダム政令で動いていた頃だったので、飼い始めたネコに「ポツダム」と名付けてます。すごいネーミングセンス。今風に言うと何だろう。
あとこの話は正直なところ私は猫に飼われている。って書き出しで始まり、人間よりもネコを上の存在として書いてたりもして、こういうネコを称えた文の書き方する人って現代でもいるよねー。
尾高京子氏の『仔猫の太平洋横断』は1954年(昭和29年)頃の話で、アメリカから2匹の小猫を連れて船で帰国する話です。いくら著者がネコの飼育経験が豊富だったとはいえ、帰国直前に小猫2匹を引き取る行動力に驚きです。
この時代っておそらく海外に行くだけでも今より大変だったろうに、どうしてそんなことまで出来るんだろう。
収録された話の多くは飼い猫との生活を描いたエピソードなんですが、ネコの飼育環境について現代とは違ってるなー思うところがたくさんあります。私はネコの飼育経験がないので、細かい違いまでは分からないですけれどね。
まずネコを飼い始めるときにペットショップで買うというのは皆無で、知人などにもらい受けるというのが多く、ペットフードを食べてるネコも出てきません。
そして特に違いを感じたのは他に2点、1つはどのネコも家を自由に出入り出来る、サザエさんのタマみたいな外飼いです。瀧井孝作氏の『小猫』にいたっては他所の飼い猫が自分の家の中まで入ってきて、それにエサをあげたりする話です。おおらかな時代とでもいいましょうか。
外飼いと並んで特に違いを感じるもう1つは避妊について。作中で避妊手術を受けたネコというのは出てきません。坂西志保氏の『猫族の紳士淑女』では避妊手術についてふれる件がありますが、
手術をというのであるが、私は欧米の人たちのように人間の便宜のために動物を中性にするのを好まない。性格があいまいになつて、面白くないし、それに大磯には獣医も犬猫病院もない。
と否定的に書かれてます。そういうこともあって、本書にはネコの出産エピソードを描いた作品がとても多いです。
大佛次郎氏の『猫騒動』では11歳で死んだネコについて、1年に3回、1度に5匹の出産で、生涯で150匹ぐらいの小猫を産んだんじゃないかと話されます。
生まれた子も半数は乳不足で死に、あまり丈夫そうでない子は整理したと描かれます。おそらく外飼いで避妊手術なしが多かった時代なら、こうしたことはきっと珍しい話ではなかったのでしょう。
私はメダカを飼っていますが、毎シーズンたくさんの卵を産むので、それらすべてを保護したりはしません。保護しなかった卵や生まれたての稚魚たちは、親たちに食べられてしまいます。
当時のネコの出産というのは、メダカの産卵と同じ程度の扱いだったのではないでしょうか。
他、壺井榮氏の『木かげ』なども最初は和やかな話なのに、後半になると“汚い”小猫を捨てる話やらなんやらで辛い話に変わっていったりします。
この本を読んで可愛いネコたちや、ネコを愛する人たちの存在に和やかな気分になったり、当時の人たちの暮らしぶりに思いを馳せたりと、とても楽しかったです。
同時に現代の価値観だと残酷だなとか、世の無常さを感じる場面もありました。
その上で思ったのが、ネコ好きな人、特にネコの飼育経験のある人に読んでもらって、この本の感想を教えてほしい(笑)。
ネコの飼育経験もなく、たまに公園で写真を撮らせていただく程度の付き合いしかない私なんかよりも、そういう人の方が、ずっとこの作品の深い部分まで理解できると思うんです。
それを私は知りたい!
『犬』という姉妹本もあります。機会があれば読んでみたい。
本作に参加している谷崎潤一郎の作品の感想はこちら。