『痴人の愛』谷崎潤一郎 感想
著者:谷崎潤一郎
内容紹介
谷崎の耽美主義が最も発揮された代表的作品。解説・島田雅彦「つまりナオミは天地の間に充満して、私を取り巻き、私を苦しめ、私の呻きを聞きながら、それを笑って眺めている悪霊のようなものでした」
独り者の会社員、譲治は日本人離れした美少女ナオミに惚れ込み、立派な女に仕立てやりたいと同居を申し出る。我儘を許され性的に奔放な娘へ変貌するナオミに失望しながら、その魔性に溺れて人生を捧げる譲治の、狂おしい愛の記録。谷崎の耽美主義が発揮された代表作。解説・島田雅彦
なんでこの本を手に取ったんだろう。多分エロいものが読みたかったんだと思う。
古い作品なので幾つかの出版社から出てますが、私は角川書店から2016年に出た文庫本を図書館で借りました。
丁度表紙が文豪ストレイドッグスコラボの可愛らしい装丁でした。文ストはアニメをチラッと見たことある程度なのでよくは知らないのですが。
以下感想、ネタバレありです。
あらすじを簡単に説明すると、関東大震災より前の大正時代、ちょっとばかしお金に余裕のある会社員の28歳の河合譲治は、カフェエで給仕女をしていた数え年で15歳のナオミを引き取り、自分好みの立派な婦人に育てようとするのですが、逆にナオミの手玉に取られていく話です。
この主人公であり語り手の譲治が、なかなかに好感が持てない。
当時の時代背景や価値観もあるのでしょうが、ナオミを教育してやろうという尊大な姿勢とか、全体的に女性を下に見てる感が拭えない。
その意味で気になった文の1つを引用すると、
(前略)日本人のうちではとにかく西洋人くさいナオミを妻としたような訳です。それにもう一つは、たとい私に金があったところで、男振りに就いての自身がない。何しろ背が五尺二寸という小男で、色が黒くて、歯並びが悪くて、あの堂々たる体格の西洋人を女房に持とうなどとは、身の程を知らな過ぎる。やはり日本人には日本人同士がよく、ナオミのようなのが一番自分の注文に嵌まっているのだと、そう考えて結局私は満足していたのです。
西洋人の女に手を出す自信はないからナオミで十分みたいな、自分を卑下して語るのはいいんだけど、そこにナオミまで巻き込むなよって思ってしまいました。
ただ自身のみっともなかったり情けないところも包み隠さず語ってくれる人物でもあるので、人としては好感が持てないけど、語り手としては信用が出来るし誠実。
そもそもこの話自体がいい年した男が年下の女に組み敷かれていく、情けなく格好悪い話ですからね。
人としては好感は持てないけれどもバッサリ切り捨てることも出来ない、共感出来る要素がないわけじゃない、そんな主人公です。
それで女性にたいしてはどこか見下してると感じさせる譲治ですが、男性に対しては逆にちょっと甘くないかなって思っちゃうんですよね。
ナオミの不倫相手の1人であった慶応義塾大学の学生の浜田に対してとか。まあ浜田はナオミに騙されていた被害者でもあるので、甘い対応でも分からなくもないのですが。
それからその後2人ともナオミに騙されてた者同士で仲良くなってるし、譲治も地の文でこの男が可愛くさえなって来ると言い出しちゃって、もう2人で付き合っちまえよと心の中で悪態をつきながら読んでました。
他に作中の表現では、譲治のナオミの褒め方がちょっと面白かったです。
2人で鎌倉へ海水浴に来たときに海水服姿のナオミを見て、
「ナオミよ、ナオミよ、私のメリー・ビクフォードよ、お前は何という釣合の取れた、いい体つきをしているのだ。お前のそのしなやかな腕はどうだ。その真っ直ぐな、まるで男の子のようにすっきりした脚はどうだ」
と、私は思わず心の中で叫びました。
口に出さんのかいとツッコミたい気持ちもありますが、それよりも10代の少女に対して男の子のような脚という褒め方。現代だったら誉め言葉としてはなかなか受け取ってもらえなそうな表現ですが、当時は誉め言葉になったのでしょうか。
それ以外にも撮りためたナオミの写真を見返しながら、
ここに至ってナオミの体は全く芸術品となり、私の眼には実際奈良の仏像以上に完璧なものであるかと思われ
って美の比較対象が奈良の大仏なんだもの。
あと読んでいて気になるというか想像したくなるのは、ナオミの内面ですね。
本作は譲治の視点からしか描かれないので、ナオミはミステリアスでしたたかで、魔性で小悪魔な、天稟の淫婦ですが、
決して裕福ではない家庭で育ち、家族との仲もさほど良くなさそうな彼女は、どんな気持ちでカフェエで働き、自身にどんな未来が来ると想像していたのだろうか。
客としてきた譲治をどう思い、どんな気持ちで譲治に誘われ会っていたのか。この頃はまだ一緒に活動写真を観たりご飯を食べたりするだけの清い交際(今風に言うとパパ活?いやパパ活は清いのか?)で、譲治曰くいつも大概はむっつりしていたと語られてるし。
そしてどんな気持ちで譲治の誘いに乗り同居し始めたのか。そこからさらに自信をつけワガママになり淫婦へと成長していく中での内面の変化は。想像したいけど上手く想像しきれないのよね。
何だか批判ばっかりの感想を書いちゃったけど、作品としては楽しく読ませてもらいました。
駄目な人の話って嫌いじゃないんです。
あと蛇足になるんですが、本作を手に取った動機は冒頭で書いた通りですが、知ったきっかけというのは、演劇ユニットmétroさんが本作の舞台を10月に上演するそうで、私の好きな俳優サヘル・ローズさんも語り手として声だけの出演をされるそうなんです。
こんなご時世でなければ普通に観に行ったのですが、ちょっと行くかどうか悩んでしまいます。
また過去に感想を書いた江戸川乱歩の『陰獣』もmétroさんが上演していて、サヘルさんが出演なさってたことがきっかけで読んでたりします。
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