週末花探し

東京都を中心に花を見に出かけた記録。土曜日か日曜日の夜に週一更新。たまに読書感想文。

『いちばん長い夜に』乃南アサ 感想

いちばん長い夜に

著者:乃南アサ

いちばん長い夜に(新潮文庫)

いちばん長い夜に(新潮文庫)

 

『いつか陽のあたる場所で』『すれ違う背中を』に続く、マエ持ち女二人組シリーズの3作目、最終巻になります。

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以下感想、ネタバレありです。

あらすじ

ペットの洋服作りの仕事が軌道に乗ってきた芭子と、パン職人の道を邁進する綾香。暗い場所で出会い、暗い過去を抱えながら、支え合って生きてきた。小さな喜びを大切にし、地に足のついた日々を過ごしていた二人だったが、あの大きな出来事がそれぞれの人生を静かに変えていく。彼女たちはどんな幸せをつかまえるのだろうか――。心を優しく包み込む人気シリーズ、感動の完結編。

前2作はそれぞれ4話ずつ収録でしたが、本作は6話収録とボリュームアップ。

この6話のうち、最初の2話と後の4話では少し内容が変わってきます。

 

最初の2話はこれまでと同じく、1話完結で2人の日常生活が描かれていて、

芭子が仕事のペット用の洋服作りのために、顧客の家までわざわざ出向くようになったりと、1巻の頃と比べたら驚くぐらい社交的になった様子が描かれてます。

ただ人付き合いが増えた分、面倒ごとも増えていくのよね。芭子と綾香も前科持ちという結構な過去を隠して生きてるけど、誰しも何かしら事情を抱えて生きてるもんです。

 

 

後の4話はというと、ここからは雑誌で発表されたのが2011年4月以降、つまり東日本大震災の後になります。

 

3・4話に相当する『その日にかぎって』と『いちばん長い夜』は、

芭子が綾香には内緒で、綾香の息子の消息を探るために仙台へ向かったところ、そこで震災に巻き込まれてしまう話です。これまでの1話完結とは違い、実質的に前後編として描かれてます。

 

この2つ話は、他の話と毛色が少し違う印象でしたが、あとがきによれば本作の取材のために、著者の乃南さんが仙台へ行った日が、震災のあった2011年3月11日。

作中で芭子が経験する出来事も、著者自身の実体験が大きく反映されたようです。

 

綾香は当初からの設定で仙台の方の生まれで、DV夫を殺し刑務所に入ったために、生まれて間もなく別れてしまって会うことも出来ない息子も、仙台の方で暮らしてる(と思われる)と書かれていました。

故郷であり息子もいるであろう仙台が大きな被害を受けたとあれば、東京で暮らす綾香にだって影響はあるでしょうが、

この話はフィクションだし、震災なんてなかったという風に話を進めていくことも出来たと思います。それでも本作では震災が描かれました。

 

そして最後の2話では、震災という経験を経てた芭子と綾香の、それぞれが考え踏み出した選択を。

新たに前へ踏み出した2人の未来が、ともかく明るくあってほしい。

 

 

乃南アサさんの著作は、このシリーズが初めてでしたが、とても深く入り込んで読ませてもらいました。

登場人物の心理描写もそうですが、根津や谷中での下町暮らしや、食生活などの描かれ方が、ホントにちょっと存在してそうというか、存在しててほしいなって思えてしまう。

そうした丁寧に描かれる、何気ない日常の積み重ねがあったからこそ、2人の決断や物語のエンドマークに厚みが出るんでしょうね。

 

読み終わったあとは2020年の今、もし2人が実在してたらどこでどんな暮らしをしているのだろうか。芭子も4X歳で、綾香もけっこういい歳になってるだろうし。そんなことをつい思い馳せてしまいます。